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メッセージ登録日: 2003/07/01
じぐぞーぱずる
私達が生きているこの地球には何1つ同じものは存在しません。
人間でも動物でも植物でも、すべてが同じものって無いんですよね。
そして、まさにこの瞬間にも生と死がどこかで行われています。
不思議ですよね。
幼い頃からずっと無意識のレベルでそして顕在意識のレベルで
生と死は不思議な感覚で常に「?」として
私の内に在りました。

何故、生きているのか?何故、死んで行くのか?
その答えは見つかりそうでいてなかなか見つかりません。

でもね、私達この地球上においてでは全て
生きとし生きるものは必要な存在であることを今は知りました。

この地球は、宇宙はジグゾーパズルのようなものなのではないでしょうか。
生きるものは全てパズルの小さな1つの破片です。
そして常に動いています。
ミクロからマクロに至るまでが
色を変え、形を変えて動き続ける大きなジグゾーパズルですね。

1つの破片が死という形で失くなると
新たな破片が1つ生という形でそこに入る。
1つの破片が動くことで、別の破片なりに影響を与えて
それらがドミノ倒しのようにある波を作って動く。
よく、渋滞にぶつかると
(私の車が1台なければ、1台分のスペースが空くんだわ)
などと漠然と思ったり、
満員電車などでも
(私が乗らなければ、一人分のスペースは空くのよね)
などと考えたものですが、
動くジグゾーパズルと捉えれば、すべてが必然のもとに
行われているのだと妙に納得してしまいました。

それは勝手きままに無秩序に行われているのではなく
魂であるとか
何らかのルールのようなものがあるのかもしれません。
神さんというものが存在すると仮定するならば
神さんがちゃんと管理している部分もあるのかもしれません。

今、私達がここに命であることは
必要であるからこそなんだと、思いませんか?
不必要な破片であれば、死へと移行するでしょう。
小さな小さな、ちっぽけなパズルのピース.....。
でも1つでもピースが無ければパズルは完成していないのです。
私達は、宇宙にとって地球にとって
必要な存在だからこそ、ここに生きているわけですね。

どうでしょうか?
尊いと思いませんか?
何だか無性に自分自身が愛しく思えてきませんか?
そして動物や、植物や、ありとあらゆる
命のものたちが同じ仲間として存在することに
喜びのような暖かな愛を感じないでしょうか?

ちょっとあなたの想像力を使って、想像してみてください。
大きなジグゾーパズルは、この生きているものたちの
小さなピースで完成されているのです。

そしてその凝縮されたものが自分自身の身体の中ですね。
自分自身の内に宇宙が存在するということです。
そう思ったら
なんだか嬉しくて書いちゃった....^^