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メッセージ登録日: 2001/06/22
GIFT
私たち日本人は物を大切にする習慣のようなものがある。
食べ物を粗末にすると目がつぶれる・・という言葉を言われた事のある人も多いで
しょう。人から贈られた物は捨てられないの・・という考えの人も多いとも思う。
そう、もちろん物を大切にする事は心を大切にする事とイコールなのだ。と私も思う
よ。
でも『物を大切にする』のと『物に固執する』がイコールになってはいないだろうか?
例えば若い頃にプレゼントされアクセサリーがあるとしよう。それはとても可愛いくて自
分の好みでありそしてとても私に似合ってる・・・・。何かにつけ身に付ける機会
も多く友達にも羨ましがられるお気に入りのアイテムのひとつだ。 しかし、時が
経ち、年齢を重ねていくうちにだんだ
んと身に付ける事も少なくなってきた。飽きてきた、というのも理由の一部だけど
実際は「あまり似合わくなってきた」と自身が感じるというのが大きな理由で何年
も仕舞いっぱなしになっていて忘れかけてるんだな。
そんな時に年下の女の子と友達になる。(あのアクセサリーが似合いそうだ)..と思う。
貴方は気持ち良くその女の子にアクセサリーをあげる事が出来るだろうか?

そんな時、ふと考える。仕舞いっぱなしで置かれているアクセサリーは誰かに喜ばれて身
に付けてもらった方が嬉しいんじゃないかなぁ・・・・?
車で例えるのなら走るために産まれた車は運転される事で車である本分を全うする
でしょ。
アクセサリーは身に付けられる事で本分を全うするんだよね。
『物』は、あくまでも『物質』だけど、自分が『気』を入れた瞬間からただの『物
質』ではなくなるんだよね。気を入れる事であらゆる意味付けの元に『大切な物』
になる。そしてその影に潜んでいるのが『執着心・固執心』なのに気付かない、ま
たは気付かないフリをしてしまう。
己の執着心ゆえに『大切な物』を、いわば飼い殺しにしてしまうんだ。

年下の女の子と友達になる。そのタイミングを逃してはいけない。
お気に入りの、でももう自分には似合わなくなったアクセサリーをプレゼントするチャン
スだからだ。
女の子が喜んでくれるのならアクセサリーも嬉しがる。何年も暗い引出しの中で閉じ込め
られていたのがやっとヒトに身に付けてもらい日の目を見るのだから!
その様子をみて喪失感ではなく満足感を得られる自分になりたい。
失う事を恐れるあまりにすべてを抱え込んではいないだろうか?
大丈夫。
失う物があっても知らずに得ている物があるんだ、という事に気付けば喪失感など
感じずに執着心とバイバイできるのだから!

何かを得た時は気付く気付かないに関らず何かを失っている。
反対に何かを失った時は必ず何かを得ている。
とてもシンプルな構図なんだよな。
自分で勝手に作り上げた『執着心・固執心』に捕われて失う恐れを抱くなんてつま
らない。
失う事で物が活きていく場合もあるんじゃないか。
それに気付いた時から今までの自分よりちょっと違う自分になっているかも・・。

■GIFT ■
  贈り物
 (神から授かった)才能